二宮金次郎が現代社会に生きていたら何をしていた?

投資家タケ:自由への第102歩

どうもタケです。

 

今回のテーマは【二宮金次郎が現代社会に生きていたら何をしていた?】についてです。

昭和など一昔前の小学校には二宮金次郎の銅像がありました。

二宮金次郎は薪(まき)を背負いながら本を読んでいるなど、「勤勉の象徴」として学校教育において使われてきました。

二宮金次郎は生まれが貧しい家に生まれましたが、学問を学び、「農地改革」や「家の立て直し」、「農家の立て直し」などに貢献しました。

私が疑問に思うのがこのような「偉大な人物」が現代に生きていたらどんなことをしていたのか?ということです。

歴史上には二宮金次郎以外にもたくさんの「偉大な人物」が存在しましたが、それぞれの時代にとって活躍の仕方は違うと思います。

現代の2019年においては、起業家など社会に大きな貢献をすることで会社を上場し、大きな富を得ることができます。

また、政府の官僚となって国のために尽力することも可能でしょう。

二宮金次郎が2019年に生きていたならば、本や勉学に励むよりも、他のことに注力していたのではないかと、勝手に想像してみます。

 

二宮金次郎とは

二宮金次郎「本名:二宮尊徳(そんとく)」は神奈川県小田原市の貧しい農家に生まれます。

幼いころに両親を亡くし、父の実家で生活することになります。

貧しい幼少期であったため、朝から晩まで生活費を稼ぐために一生懸命に働きました。

その時に、仕事だけではなく、勉学にも励んだのです。

薪(まき)を運ぶときにも歩きながら本を読むなど、勉強へ姿勢を強く感じます。

さらには、当時の一般大衆の考え方は「農家は勉強などせずに、外で畑仕事などで働くべきだ」という考えが圧倒的でした。

そのような一般常識において、二宮金次郎は勉学に励み、農地改革や財政立て直しによって多くの農民を救いました。

特に、江戸時代でも現代でも同じなのが、富裕層の財政難です。

本業で稼いでもお金が増えずに財政難に陥るということです。

そこで、金次郎は財政難の人に対して、助言や指導をして、お金の使い方を教え、財政難から助けていきました。

さらにお金に困っている人には無利子でお金を貸すなど、多くの人を助けることで街では評判になったようです。

 

30代で農地貸しになる

生まれは貧しい農家であり、農地の大部分も親族が売ってしまい、非常に金銭的には余裕がない暮らしでした。

しかし、農家でありながら財政などについて学んだことでお金の使い方が非常に上手でした。

有名な言葉として以下があります。

「遠きをはかる者は富み、近くをはかる者は貧す。」

→将来まで長い目線で行動する人は富み、今だけしか考えない人は貧しくなる。

 

「貧者は昨日のために今日働き、富者は明日のために今日働く。」

→貧しい人は、今の暮らしのためだけに生きている。財を成す人は将来のために投資や労力を費やす。

 

「貧富は分度を守るか分度を失うかによって生ずる。分度を守って、みだりに分内(予算)の財を散らさなければ富にいたるし、分度を失い、他から借財して分内に入れるようであれば、やがて貧に陥る。」

→自分の収入と支出を管理することが大事。自分の財産を管理・コントロールできればお金持ちになる。逆に、財布をコントロールできずに好き放題お金を使っていたら、将来貧乏になる。

 

このことからも、江戸時代でもお金の使い方を学ばずに消費ばかりして貧乏になっている人は多かったのです。

このような人たちを二宮金次郎は多く救ってきました。

また、自分自身は過去に一族が売ってしまった農地を買い戻し、それを農家に貸出すことで多くの収入を得ていました。

このことからもお金の使い方(蓄財、投資)が非常に上手な人物だったと分かります。

 

歩きながら本を読むことが、勤勉の象徴に?

日本においては、二宮金次郎は「勤勉の象徴」とされた時代がありました。

大正時代から明治にかけて、そして昭和においても小学校には二宮金次郎の銅像が設置されていました。

薪(まき)を背中に背負いながらも勉学に励むという姿勢は、当時の日本教育にマッチしていたのだと思います。

当時の大正や明治の時代では勉学に励み、一生懸命勉強することが成功となっていました。

 

歩きスマホ助長になるので、二宮金次郎は撤去?

最近の二宮金次郎については、小学校などでは撤去の方向のようです。

背中に薪(まき)を背負いながら本を読むということが、歩きながらスマートフォンを使う事を肯定するようになってしまっています。

そのため、最近の二宮金次郎の銅像は「椅子(いす)」に座って本を読んでいます。

歩きながら本を読むのは危険ですが、時代が変わっても二宮金次郎への考え方や本質は変わらないのだと思います。

 

二宮金次郎が2019年に生きていたら?

ここからが本題です。

では、二宮金次郎が今の時代(令和)に生きていたらどのような人物で、どのようなことをしているでしょうか。

当時の金次郎が生きていた江戸時代とは習慣や文明、考え方など全く異なります。以下では私なりに勝手に予想してみました。

 

不動産投資家になっている?

貧しい農家生まれでありながら、30代という若さで田畑など農地を貸すことで「財」を成しました。

今で言えば不動産賃貸業でしょうか。

私自身も不動産投資をして賃貸業をしていますが、コツコツと不動産を購入し賃貸として貸出すことで家賃収入が積み重なっていきます。

そして積み重なった家賃収入を次の物件購入のために再投資することで徐々にキャッシュフローが増え続けます。

雪だるまを大きくするように再投資を繰り返すことで、複利の力が働き時間の経過とともに大きく資産が膨れるのです。

不動産投資はビジネスと違い、一撃で高収入は目指せませんが時間を味方につけることで、コツコツと確実に収入を増やすことができます。

もし二宮金次郎が今の時代に生きていたら、不動産投資はしていたと勝手に思います。

 

株式投資家になっている?

二宮金次郎は農政改革や「借金に困っている御家」の立て直しなども行いました。

つまり、赤字の企業を黒字化させる能力があったのです。

有名な話として「ある御家」の財政再建における、「5カ年計画」です

赤字財政の「御家」を5年で黒字化させたのです。

それによって、金次郎のという人物が有名になったともされています。

つまり、組織について「どのように収入を得て」「何にお金を使っているか」という財政面において詳しく、どうすれば黒字化できるかというビジネス面でも結果を出せる人物だったのでしょう。

つまり、現代で言えば企業分析ができるということです。

企業分析は株式投資において大きな力を発揮します。

投資先企業の「経営者の素質」や「収益源の本質」を見抜くことで、どの企業へ投資すれば良いのかの判断ができます。

つまり、二宮金次郎が現代に生きていたら、立派な株式投資家となっていた可能性もあります。

 

財を成し、社会貢献?

二宮金次郎は江戸時代末期に農家や御家の財政立て直しなどについて、活躍しました。

つまり、お金の使い方を心得ているのです。

さらには、江戸時代には貧しい人に無利子でお金を貸すなど人助けや社会貢献もしていました。

つまり、現代でいえばNPOなど設立し、自分の私利私欲のために経済活動するのではなく、人助けや社会貢献のために尽力していることでしょう。

 

大企業のサラリーマンにはならない

二宮金次郎が現代に生きていたら、大企業のサラリーマンにはなっていないと思います。

金次郎は組織の中で活躍するというような人物ではなく、組織を動かす側の人物となり、会社社長や経営者などになっているでしょう。

また、勉強が重要とも考えず、勉強や知識はあくまでも物事を成すための「手段」だと考えます。

つまり、学者や研究者になるというよりも「事業家」になり、直接的に社会貢献できる立場を選んでいたかもしれません。

 

現代で言えばどんな人物?

現代の2019年で言えば以下のような人物と近いのかもしれません。

・ソフトバンク孫正義

・楽天三木谷社長

・ユニクロ柳井社長、

ZOZOの前澤社長

など

投資や事業をすることで、世の中に対して貢献することは大きな価値をたくさんの人に与えるということです。

上記のような人物たちは、我々の一般社会においてはなくてはならないくらい大事な存在ですし、上記の会社がないと困ってしまう人も多いでしょう。

私は通販で楽天を利用するし、服もほとんどがユニクロの商品です。

二宮金次郎が生きていたら事業を通して世の中に価値提供することもしていたかもしれません。

 

まとめ

・小学校などでよく見かけた二宮金次郎は「勤勉の象徴」

・今の時代に生きていたら、投資や事業などで社会貢献していたと予想

・大企業の会社員など組織内で働くよりも、会社経営者など組織を動かす側になっている

・お金の使い方を理解した人物で、財政再建ができ、貯蓄や投資に関して実行力がある

・自身は貧困農家に生まれたが、土地を買い戻し、田畑を貸出すことで財も成した

 

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